昔の写真をぼんやり眺めていたところ、凄いことに気付きました。
バラバラに適当なアングルで撮影されていたと思っていた5枚の写真が実は連続したもので、繋げればパノラマ写真になっていることが分かったのです。
1985年に新松戸コーポ7階から撮影新松戸のパノラマ写真です。
70's後半~80'前半の新松戸を懐かしむブログです。
<新松戸の古い写真をお貸しください。>連絡先:smatsudo70@gmail.com
写真の数や映っている内容によって相応の謝礼をさせていただきます。(最大3万円くらいまで)
昔の写真をぼんやり眺めていたところ、凄いことに気付きました。
バラバラに適当なアングルで撮影されていたと思っていた5枚の写真が実は連続したもので、繋げればパノラマ写真になっていることが分かったのです。
1985年に新松戸コーポ7階から撮影新松戸のパノラマ写真です。
1980年1月のこと、5歳だった私は母に連れられて消防の出初式を見物に行きました。
場所はといえば、現イオンフードスタイル新松戸店(旧ダイエー)がある敷地でして、翌年の1981年にはダイエーがオープンすることになるのですが、この時はまだ空き地だったんです。
幼い私にとっては見上げる程高い梯子の上で「消防士さん」が披露する、キレッキレの技が衝撃的で、忘れられないシーンとして脳裏に刻まれているのでした。
ところが、その後お目にかかる機会もなく、写真も残っておらず母も既に他界しておりますので、実際に行われたかどうかもおぼつかない幻のような思い出になってしまっていたのでした。
先日、松戸市広報課が長年にわたって「広報まつど」用に撮影した貴重な写真が、松戸市立博物館に収蔵されていることが分かりまして、有難くも閲覧させていただく機会を頂きました。
その中に、なんと当時の消防の出初式の写真を発見いたしまして、私の幻のような記憶が真実であったことが確認できたのです!
写真を見つけた時は「オーーー!!!」と思わず歓声を上げてしまいました。
何とも凄い写真です。
写真の周辺部から見ていきますと、背景に「新松戸ファミールハイツ」が見え、左隅の比較的近いところに「三菱銀行」(現三菱UFJ銀行新松戸支店)が見えますので、この場所がどのあたりなのか理解するのに役立ちます。
遠くて識別できませんが観衆の中には、きっと幼い私と母もいるのだと思います。
そして写真の核心部分となる、梯子乗りをしている方々をよく見ると「松若」と書かれた法被を着ており、写真右側の人は同じく「松若」と書かれた立看のようなものを持っています。→立看のようなものは「纏(まとい)」というものだそうです。
また、はしごを抑えるために使用している棒のような道具は「鳶口」というもので、Wikipediaによりますと、下記のような説明があります。
さらに、「松若」とは何ぞや?とネットで調べてみましたところ、「松戸若鳶会」であるということが分かりました。
2022年に松戸若鳶会では50周年記念式典が行われたとのことで、その時の写真が掲載されているサイトが見つかりました。
ありました!1980年の写真に写っている纏と同じに見えます!
そう、梯子乗りをされていた方々は消防署の消防士さん達ではなく、地域の消防を草の根的に支えていらっしゃる鳶職の方々だったのですね。
幼い頃にはそんなことは理解できませんでしたので、消防の出初式で凄いものを見れば「消防士さんスゲぇー!」となってしまいましたし、ボーっと何も考えずに生きてしまえば、そのままアラフィフになるまで「消防士さんスゲぇー!」と思い続けてしまうわけです。
この記事を書くまで、消防士さん達は火事が無いときには梯子乗りの練習をしているんだと本気で思っておりました。。
長いこと鳶職の方々に大変申し訳ない勘違いをしていたなと思います。
改めまして鳶職すごい!と心から思います。
今回、写真の発見によって色々なことが分かり、そして私の幼心に幻として封印されていた謎をまた一つ退治することができました。感無量です!
是非また松若の梯子乗りを生で見てみたいものです。これからは毎年松戸市消防の出初式をチェックせねばなりません。。
ところで最近、新松戸在住の私の親世代の方と知り合いになる機会がありましたので、件の出初式の話を切り出しましたところ、あの場所が空き地だった頃は各種イベントでよく使われていた、という話を伺うことができました。
木下大サーカスが公演したこともあったそうです。像を3頭も連れてきてたのだとか!
うちの両親は情報に疎いタイプですので、きっとチケットが取れなかったのでしょうね。
今更ながら大変残念です。。
今回は70~80年代の新松戸という趣旨からは少し外れてしまうのですが、以前飛び込みでお邪魔した老舗様からお借りした昭和30年代初頭の流山の写真をご紹介します。
自分が産まれるずっと前ですので、自ら語れることはほとんど無いのですが、貴重な資料と思いますので何か思い出やご存知のことがある方はコメント頂けますと幸いでございます。
撮影された方は既に他界されているとのことでしたが、写真の裏側には撮影した機材や日付、場所が記載されているものもあり、また展覧会で受賞したと思われるような記載もありますので、かなり本格的に写真を撮られていた方のようです。
1枚目は「東邦酒類株式会社 撮影日33.12 題名 運搬 佳作」と記載のあった作品です。
昭和33年といえば1958年のこと。Wikipediaによりますと、この年の出来事としては「東京タワー完工式」、「巨人・長嶋茂雄選手、4打席4三振デビュー」などが挙げられるようです。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の中で東京タワーが完成しますので、ちょうどこの頃を扱った映画として当時の時代背景を想像するために助けになるかもしれません。
東邦酒類株式会社については流山市のホームページにかなり詳細な説明が記載されておます。一時は日本の5大酒造メーカーに名を連ねるほど大きな会社だったようですが、残念ながら経営悪化により昭和39年(1964年)に破綻し翌年1965年に現メルシャンに吸収合併されたことがWikipediaからわかります。
写真に写っているお酒の銘柄を読み取りたくて目を凝らしたのですが判読できませんでした。「東菊」というのが代表的な銘柄だったようですのが他にも銘柄があった可能性がありますので、判読できる方がおられたらコメントいただきたいです。
2枚目は「33.12.7 初冬於鰭ヶ崎」と記載のあった写真です。
少年の傍ら、一番手前に置いてある漫画には「まぼろし」という文字が見え、また眼鏡をかけた人物の右半身が描かれていることがわかます。また、少年のすぐ脇に積んである最上段の漫画も「さるとび佐助」という文字が読み取れ、その下に三角形のような絵が見えます。
そんな手掛かりを元ににネット上を調べたところ、両方とも具体的なタイトルが特定でき、なおかつオークションで入手することができました。
先日、Youtubeですごい動画を2本見つけましたのでご紹介いたします。
それぞれ1976年、1985年のいずれも流山電鉄の走行シーンなどを主眼に撮影されたものなのですが、その背後に映り込んだ背景やついでに映されたと思しき何気ない風景が素晴らしいのです。