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2020年10月2日金曜日

仮面ライダー(スカイライダー)のベルトという懐かしいアイテム

今回は仮面ライダー(スカイライダー)のベルトをご紹介します。

Wikipediaによりますと、仮面ライダーシリーズの第6作になるスカイライダーが放映されていたのは1979年10月~1980年10月ということで、その頃自分は5歳~6歳でした。

カブトムシ型の仮面ライダーなども知っていましたので、その前のシリーズも視ていた可能性はあるのですが、視たことをはっきりと記憶しているのはこのスカイライダーと次作のスーパー1になります。

スカイライダーの放映は毎週金曜日の19時~19時半でして、当時は少数派の共働き家庭だった自分は保育所から帰宅後、母が食事を準備している間にテレビを視てその後に晩御飯を頂く生活パターンでした。

母が残業などで帰宅が遅くなる時は保育所から同級生のけーちゃんの家に一緒に連れて帰ってもらい、夕食を頂いたりお風呂に入れてもらったりしていたのですが、このスカイライダーは自宅よりもけーちゃんの家で視ていた光景の方が思い出されます。

例によってストーリーなどはよく覚えていないのですが、はっきり記憶に残っているのはオープニングテーマでして、皆様良くご存知の「燃えろ!仮面ライダー」になります。

勇ましくてキャッチ―なメロディーが秀逸で、主人公の筑波洋(ひろし)がハンググライダーに乗る映像やスカイライダーがビルの上空を飛ぶシーンが脳裏に焼き付いています。

幼心にも雄大かつ優雅な印象を受ける映像でした。

Amazonプライムビデオより引用
Amazonプライムビデオより引用

あと、スポンサーであるスズキ自動車の「S」を模ったロゴもスカイライダーと完全にセットになって脳裏に刻み込まれております。

Amazonプライムビデオより引用

仮面ライダーが乗っているバイクってスズキ自動車製なんですね!
オープニングの最初の方にかなりバッチリでてきます。

Amazonプライムビデオより引用

でも、これは大人じゃないと気付かないかな?
子供にはアルファベットが読めませんからねー。
そもそも子供ってバイク乗らないような気もしますが、スズキ自動車はスポンサーとしてどんな層に訴求したかったんでしょうかね?

大人になってから見返すと、こんな本編と関係のないところが気になってしまうんですね。
すっかり薄汚れて野暮な人間になってしまった自分がいます。。

当時仮面ライダーはかなりの人気で数々の関連グッズが販売されておりましたが、その中でも最も魅力的だったのはライダーベルトです。
自分もおねだり攻勢をかけましたが、我が家ではこの手のおもちゃは買って貰える見込みがまったくなく、欲しい気持ちは燃え盛った状態のまま無理やり封印せざるを得ませんでした。
そのせいで、すっかりオッサンになった今でも卒業できないんです。。

ここ数年オークションなどをモニタしていたのですが、私と同じようなシニアなお友達が多いためか放映から40年を経た今でも人気があって結構な高値で取引されております。

お遊びとして常識的な範囲のお値段で手が届かず待ちぼうけになっておりましたが、今年になってチャンスが到来。首尾よく入手しました。


スイッチを入れると中の基盤が光りながら回るんですね。
けっこう、ガーガーと凄い音がします。

ところで、スカイライダーは期中にキャラクターデザインが変わっているんですね。
胸板が茶色の少し地味な方が前半で、胸板がオレンジ色の派手な方が後半です。
ライダーベルトは同じものをつけているようですね。


Pinterestより引用

劇中では敵が強過ぎて地味な方のスカイライダーだけでは手に負えなくなり、初代から7代目の仮面ライダーが助っ人で登場するんですね。そして、今の感覚でいうと集団リンチに近いようなやり方でスカイライダーをシゴいて鍛えるんです。

鍛えあがって強くなったスカイライダーがルックスも派手になって再登場するという筋書き。

ビジュアルとして自分の記憶に残っているのは派手な方のオレンジ色の胸板なのですが、「燃えろ!仮面ライダー」は前半のOPですので地味な姿のライダーが登場します。
40年ぶりに映像を観た時、最初はそのあたり違和感があったのですが、当時理解できなかった設定を改めて知ってみると、そういうことだったのかと納得です。

今回ライダーベルトに加えて「燃えろ!仮面ライダー」のEPも入手しましたので是非お聞きください。



2020年5月17日日曜日

ガッチャスパルタンの超合金という懐かしいアイテム


科学忍者隊ガッチャマンといえば自分の世代で知らない人がいないくらいのスーパーヒーローですが、放映時に幼かった自分は「チームの仲間が力を合わせて悪い敵をやっつける」くらいの超ざっくりとしたストーリー展開しか覚えていません。

長い放映期間中に主題歌や登場するメカなどが変わったのは認識していたのですが、改めてWikipediaで調べますとガッチャマンには3シリーズあったことがわかりました。

科学忍者隊ガッチャマン   1972年10月~1974年9月
科学忍者隊ガッチャマンII   1978年10月~1979年9月
科学忍者隊ガッチャマンF   1979年10月~1980年8月

初代のガッチャマン放送時には私は生まれていなかったのですが「誰だ 誰だ 誰だ~」というオープニングの歌をきわめてはっきり覚えており、保育園の友達と替え歌にして歌っていたことすら覚えているのが不思議です。

ネット上に情報はなかったのですが、初代ガッチャマン終了からガッチャマンⅡ開始まで4年間も空いていますので、もしかしたらガッチャマンⅡの直前くらいに初代ガッチャマンの再放送があったのかもしれません。



一連のガッチャマンシリーズが放映されてたのは日曜の18:00~18:30でして、私を含め友人たちはこのアニメが始まるのに合わせて遊びを切り上げて帰宅したものです。

ガッチャマンシリーズを観終わると晩御飯を頂き、19:30から世界名作劇場シリーズ(赤毛のアン、トムソーヤの冒険など)を見て週末を締めくくるのがお決まりのパターンでした。

今と変わらず19:00からさざえさんが放映されていたのですが、ちょうど晩御飯と重なるので最初だけとか最後だけとか中途半端にしか見れないことが多かったように思います。

さて、前置きが長くなりましたが今回の主題はガッチャマンFに登場するGメカのガッチャスパルタンです。
当時5歳~6歳だった自分は主題歌やGメカの合体シーンなどしか覚えていないのですが、このメカは本当にかっこいいと思っていました。

今だに人気があるのか、当時の超合金のおもちゃがオークションに出てくると結構な高値が付くんですね。
こんな高値なおもちゃに手を出すのは転売ヤーか自分を含めてかなり思い入れのあるコアな人物だけだと思います。
数年モニタしていたのですがお安く手に入れる方法がなさそうでしたので、この度思い切って真向勝負を挑み、購入してしまいました。

劇中ではガッチャマン1号~5号が出動する時はそれぞれのGメカに乗って基地から飛び立ちます。
そう、こんな感じに分離した状態で飛んでいくのです。


で、敵と戦うときは合体して下のような形になるんです。
三角形のフォルムが最高にカッコいい!



5機のカラフルな子機が合体して最終形になるという発想が素晴らしいですよね。

当時、友達の家にコレがありまして、凄くカッコいいなーと垂涎の思いで眺めていたのですが、遂に自らの手中には収めることができず、40年を経てからようやくの満願成就となりました。

ところで、時代が少し下りますが1986年に発売されたファミコンソフトで「テラクレスタ」というシューティングゲームがありまして、メカの設定やデザイン、音楽など全て素晴らしく、当時はみんな結構ハマっておりました。

引用:EGG

スタート時に操作する機体は1号機でして、敵を倒しながら前進していくと2号機~5号機が順次出現、合体してパワーアップして行くんです。
無傷で1号機~5号機が合体できますと一定時間「火の鳥」になって無敵状態になります。

引用:EGG

ゲームをやっている当時から、なんかガッチャマンのメカと発想が被るなぁと思っていたのですが、WikiPediaによるとガッチャマンのメカをオマージュして機体のデザインをしたとの記載がありました。
やはりか。
火の鳥になるのは初代ガッチャマン、5機が合体するというのはガッチャマンFをヒントにしたのかもしれませんね。

ところで、ヤフオクなどを探したところ、ありました。テラクレスタのおもちゃ。
超合金ではなくプラスチックでできているためかガッチャスパルタンほど値の張るものではなかったので買っちゃいました。


かっこええ。。
分離してフォーメーション攻撃の体制をとることもできます。


ガッチャスパルタンといいテラクレスタといい、5機が合体してパワーアップするという考え方が凄くいいんです。

このパターンは普遍的なカッコよさを有していると言っても過言ではないでしょう。

今回入手したおもちゃは末永く大事に飾っておきたいと思います。




2020年1月13日月曜日

宇宙大帝ゴッドシグマの超合金という懐かしいアイテム

いつものことながらWikipediaによりますと、宇宙大帝ゴッドシグマというロボットアニメが放映されていたのは1980年~1981年とのことで、自分は小学校1年生でした。

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宇宙大帝ゴッドシグマ』(うちゅうたいていゴッドシグマ)は、1980年(昭和55年)3月19日から1981年(昭和56年)2月25日まで、東京12チャンネル水曜日19:30-20:00枠に全50話が放送されたテレビアニメ。
===

美術や音楽などがずいぶんとレトロなもので意外なのですが機動戦士ガンダムの放映よりも1年だけ後なんですね。
当時ガンダムは設定が新しすぎて人々に受け入れられなかったとのことですので、例に漏れずこの時点で自分が熱狂したのも、こちら宇宙大帝ゴッドシグマの方なんです。

ストーリーは全く覚えていないのですが合体シーンとオープニング、エンディングは記憶に刻み込まれています。
あとΣのロゴも見覚えがあるような。。

そんな一度聴いたら忘れないキャッチ―な歌詞とメロディーのオープニングとエンディングですがyoutubeで見つけることができました。


エンディングも特徴的で、水、金、地、火、木、土、天、海、冥、という太陽系の惑星にちなんだフレーズが太陽系の絵をバックに繰り返されます。



当時はボイジャー1号が木星や土星に接近して写真を地球に送ってきたのと同時期ですから時流に乗っていたのでしょうね。

自分は今でも天体望遠鏡を持っていますし高校生の頃には自作のプラネタリウムを作ったりするくらい結構な天文好きなのですが、そのきっかけはきっとこの主題歌だと思います。
「すいきんちかもくどってんかいめい」って何?と母に質問した記憶があるのですが、その直後に宇宙の図鑑を買い与えられました。
欲しいとは言ってなかったんですけどね、こういうものは頼まなくても買ってくれました。

そう、これこれ。ヤフオクにありました。小学館の学習百科事典「宇宙」です。
ヤフオク!より引用

この図鑑は初版が1975年ということで、ボイジャーが木星に到達する数年前の編なのですね。
土星や木星の綺麗な写真が無い時代ですので、惑星の風景は宇宙美術分野の第一人者として知られる岩崎一彰さんによる想像画でした。
こんな絵を描かれる方です。(明石市立天文科学館より引用)


脱線しました。。
そんな宇宙感に溢れたゴッドシグマですが、このたび超合金のおもちゃをヤフオクにて入手ましたのでご紹介します。
三体のロボットがいますが左からそれぞれ海鳴王、空雷王、陸震王という名前だそうです。


こいつらを合体させると以下のようになります。


海鳴王と陸震王がブーツのようになって空雷王の足にハマるんですね。
動画も撮りましたので、是非ご覧ください。(後で気づいたのですが、右足と左足が逆でした。。)




この合体シーン、冒頭にも書きましたが強く心に刻み込まれており忘れられません。
幼心によっぽど魅力的に感じたからなのでしょう。

なんせ40年近くも昔のこと、あの頃の気持ちを正確に表現するのは難しいのですが、「あんなにも強くなれる長靴を自分も履いてみたい」というのが魅力の根源だった気がします。

もし、ただ履くだけで仕事を片付けてくれる長靴とか、ただ履くだけでお金を稼いでくれる長靴があったら両足にズッポりと履いてみたいものですが、オジサンになった自分は発想が汚れてしまったのでしょうか。。


後日、実家に帰った時に屋根裏部屋を探したところ、当時見ていた図鑑が見つかりました。
昭和55年(1980年)3月の第16刷とのことですので、ちょうどゴッドシグマが放映されていた時期にあたります。

怪物が片目を開いているかのような木星の想像画、大きな腕を伸ばしているかのような太陽の想像画がとてもダイナミックで、ある意味実物の写真で埋め尽くされた今時の図鑑よりも子供たちに夢を与える力強さがあるかもしれませんね。。





2019年3月22日金曜日

ガンプラという懐かしいアイテム


Wikipediaによると起動戦士ガンダムの初回放送は1979年とのことですが、当時5歳だった自分はガンダムを全く知りませんでした。

自分が初めてガンダムに出会ったのは再放送時の1981年、小学校1年生の時です。
ロボットアニメと言えば勧善懲悪的なストーリーが当たり前だった時代ですので、敵キャラの方がむしろカッコいいガンダムは当初視聴者の理解を得られなかったようです。

複雑なストーリーが視聴者に理解されて人気が出たのは再放送されたからというのは有名な話で、自分の場合もまさに再放送世代なのでした。

ご存知の通りガンダムには「ニュータイプ」、「モビルスーツ」、「スペースコロニー」など聞きなれない単語や概念がいっぱい出てきますので、7歳の自分には理解が難しくストーリーは殆ど理解できませんでした。
が、それでも熱狂させられたのは友達に釣られたというのもあったでしょうが、やはり美術や音楽などが秀逸だったからなのでしょう。

当時は駄菓子や文房具のイメージキャラがガンダム一色なくらいの大変な人気で、特にプラモデルはお店に入荷すると即完売。情報弱者の7歳児には全く手に入らない代物でした。

当時新松戸でプラモデルを買えるお店はダイエー(2階だったかな?)のおもちゃ屋さんと新松戸5丁目にあったファニーランドという模型屋さんだったのですが、どちらの店もいつ行っても品切れ状態で、奇跡的に在庫があっても「アッガイ」とか「ゴッグ」などのカッコよくない系のキャラか又はやたらと入荷数が多かった「ジム」なのでした。

そんな中1982年1月24日(日)にはガンプラを買いにダイエーに殺到した小中学生がエスカレーターで将棋倒しになり重傷者を出す事件まで発生しました。
情報に疎く入荷日を狙って買いに行くなどできなかった自分は巻き込まれることはなく、たしか自分が通っていた横須賀小学校からも怪我人は出なかったはずですが、事故の翌日には学校でキツイ注意喚起があったのを覚えています。

しばらくお店が休業になったかガンプラの入荷がなくなったか、そんな自粛的な措置があったような記憶があります。(正確には覚えていません。。)

そんなガンプラですが35年以上を経た今では、ヤフオクを探すと当時モノが以外とお手頃なお値段で出品されているんですよね。
善良なお金の使い方とはこういうもの、大人買いしてみました。

ガンプラの箱が積まれている様子を見るとワクワクするのはきっと自分だけではないしょう。
この景色が何とも言えず心地良いので今回入手したものを組み立てるつもりは毛頭ございません。
(写真中の組み立て済みのものは、最近ドンキホーテで買った今どきのものです。)

写真上部でグフが豪快に切られている丸縁の絵は巨大なメンコです。
これだけが当時ファニーランドで買って実家に残されていた純粋な意味での自前購入品になります。

あと、ガンダム関連グッズで忘れられないのはカバヤ食品から発売されていた「新しいデラックス・ステッカー入り.ガンダムガム」(50円)です。

こちら駄菓子屋で売られていた板ガムなのですが、付属のステッカーが美しくて種類も多く、また板ガムも大きかったのでお買い得感がありまして、これを買うためにお小遣いを握りしめて中山酒店に通っておりました。

当時自分が購入したものはもう残っていないのですが、最近ヤフオク等で集めたのがこちら。

いやはや懐かしい限りです。

引き続きもう少しプラモを買い足して駄菓子屋風の棚に格納してみたいです。
なんといってもガンプラは箱積みになっている景色が最高なのです!

2018年11月10日土曜日

プラレール新幹線0系という懐かしいアイテム


プラレールって凄いですよね。
なんせ40年以上もの長きにわたって基本的な構造はおろか部品の規格などもほとんど変わっていないんです。
極めて先見の明がある設計だったと感嘆せざるを得ません。

自分は5歳くらいの時から小学校3年生でNゲージに乗り換えるくらいまではこのオモチャでよく遊んでいました。

当時使っていたものはもう実家にもありませんが、この度ヤフオクで落札に成功しましたのでご紹介します。


豆電球が点灯して鼻が光るひかり号(0系新幹線)なのですが、これ、懐かしい人多いんじゃないでしょうか。

新松戸コーポに居住していた当時はリビングから寝室から全ての部屋をぐるっと回るような壮大なレールを敷設して電気を消して暗い中を走らせたりして楽しんでいました。

あともう一つは国鉄色と言われる橙色と赤の鼻ぺちゃな特急ですね。こちらは電池を入れても動かなかったのですがあまりにもレトロなその姿をみるだけでほっこりした気分になります。

動画も撮りましたので是非ご覧ください。


使っているレールや駅やトンネルなどは数年前に自分が子供に買い与えたものです。
40年もの時を超えて昔の電車が今のレールで全く問題なく走れちゃうあたり、不思議な感じがします。

動画の撮影中、うちの5歳児が興味津々で近寄ってきました。
「か~して!」って言っても「だ~めよ!」。
だって、おまえ壊すじゃん。。

お片付けして大事にしまっとこっと!
鼻ぺちゃ特急はそのうち修理したいです。


2018年2月3日土曜日

くるくるてれびという懐かしいアイテム

1970年代終盤から1980年代の前半くらいでしょうか。
くるくるてれびというおもちゃがありました。


当時はまだVHSのビデオすら持っている家庭はちらほらという感じで、好きな時に好きな映像を観れるような時代ではありませんでした。
そんな中で発売され皆の羨望を集めたアイテムが「くるくるてれび」だったのです。

当時のCM↓

私も大変欲しくなり両親におねだりしたものの買ってもらうことができず、例のごとくに残念モンスターに取りつかれ40年を経るに至ります。

長いこと忘れていたのですが、気づけばヤフオク等でかなりの数が出品され人気なんですね。
今やYoutubeやAmazon Primeがあるご時世ですので、このマシーンに期待する役割というものは高画質などではなく圧倒的なレトロ感のある映像です。
供給が多いおかげかお値段もそれほど高くありませんでしたので私も1つ。。

まあ予想はしていたのですが動作未確認というやつは基本的に動きませんよね。
私が落札した機体もまともには動きませんでした。
一応電池を入れると動作音がしてフィルムを送るアームが力なく動くのですが、カセットを挿すと止まってしまう状態。モーターが弱っていてフィルムを送ることができないようでした。

ダメかー。でも40年も前のレトロ星人達が作ったオブジェクトに負けるわけにいきません。修理して完全勝利してやると心に誓いました。

とりあえず中を開けてみましょう。


意外と単純な作りになっていました。モーターにギアがついていてフィルム送りのアームを動かすのですね。
モーターは黒いビニールテープで台座に固定してあるだけです。
うん、がんばればなんとかなりそうです。

さっそく新しいモーターを買いに秋葉原は千石電商へ。
それほど電気関連に詳しくない自分にはどんなモーターを入れればよいかよくわかりませんでしたが、とりあえず2.4V~3.0Vで動作するタミヤのミニ四駆用トルクチューン2モーターPROを購入。


劣化していたギアは新調してモーターに取り付け台座にテープで固定しました。


電池を入れるのは面倒なので携帯電話の充電器から電源をとれるように改造。
部品は写真中央の「スピードコントローラー」を除き全て千石電子で調達しました。


「スピードコントローラ」はその名の通りモーターにかける電圧を調整して回転速度をコントロールするモジュールです。

お恥ずかしい話ですが、これを導入する前に可変抵抗をモーターと直列に繋いで電圧をコントロールしようと試みたのですが、そんなことをやらかすのはズブの素人だけのようでして、可変抵抗がひどく発熱してしまい発火が危ぶまれる状態となったのでした。

いろいろ調べた結果Amazonでこいつを見つけて購入した次第。
専用の道具というのはいいですよね。完璧に役割を果たしてくれます。

アルミ製のシャーシにドリルで穴を空けてスピードコントローラーを固定します。



USBの電源ケーブルを携帯電話の充電アダプターに挿して完成です。

それでは、さっそく動かしたところの動画をご覧ください。
フィルム送り用のアームが動く音が結構ガーガーうるさいので、音量を下げて視聴された方がいいかもしれません。

     <バトルフィーバー>

     <銀河鉄道999>

撮影がうまくできずお見苦しかったかもしれませんが、意外とちゃんと動画になっているんですよね。
当時の技術でできることをしっかりやっているな、という印象です。

そんなこんなで結構大変でしたが子供の頃に捕り付かれた残念モンスターをまた一つ成仏させることが出来たのでした。。

2017年12月1日金曜日

ザ☆ウルトラマンビームフラッシャーという懐かしいアイテム


1979年の頃、「ザ☆ウルトラマン」というアニメのウルトラマンが放映されていました。

自分は当時まだ5歳だったためかストーリーなどは全く覚えておりませんが、このウルトラマンの額についている緑の星が強く記憶に刻まれており、40年近くが過ぎた今でもこの色の星を見ると何とも言えない懐かしい気分になるのです。

主題歌も爽やかかつ正義に溢れた個性あるメロディのため一度聴くと決して忘れることができません。
こちら、Youtubeの転がっていた主題歌です。↓

当時関連グッズはかなり売られていたのですが、中でも人気があったのは「ビームフラッシャー(緑の星)」のおもちゃかとおもいます。

テレビアニメの中ではヒカリ隊員が額にかざすとウルトラマンに変身する設定です。
自分もCMなどを見たのでしょう。欲しくて欲しくてしかたがなく繰り返し両親におねだりしたのですが、ついに買ってもらえなかった代物です。

今回30数年の時を超え、ビームフラッシャーはじめザ☆ウルトラマンのグッズ類を入手することができましたのでご紹介します。


ソフビはどこかの駅に一時的にできた古本ブースで発見して購入したもので、絵本とビームフラッシャーはヤフオクで落札したものです。



ビームフラッシャーのおもちゃは今回入手するまではどのような機能があるのか、わかっていませんでした。

電池を入れて本体裏側のスイッチをオンにすると、キュィーンという音がするんですね。
これは昔のカメラを使ったことがある人なら想像できるかと思いますが、フラッシュを放つ前に充電する時の音です。

そう、要はストロボなんですね。

充電して☆の後ろ側についているボタンを押すとピカッと一瞬だけ激しく光ります。
よく考えてありますよね。当時の技術水準でできることを上手にやっているな、という印象です。

こういう昔買ってもらえなかったおもちゃって、入手しないと往生できないんですよね。
30数年前の自分に報告してやりたいです。
ついに手に入れたぞ~!と。

状態の良い一品なので大事にしたいと思います。


2017年10月21日土曜日

ゲームウォッチという懐かしいアイテム


1980~81年くらいだったでしょうか。ゲームウォッチという携帯ゲーム機が一世を風靡していました。
任天堂がブームの火付け役となりエポック社等が追っていくような展開だったかと記憶しています。
その後1983年くらいになると圧倒的にファミコンの時代になっていったのですね。

自分が持っていたのは任天堂のパラシュートとエポック社のモンスターパニック、スペースパニックでした。
当時の所持品は実家の屋根裏にあるものの、壊れていて動作しませんでした。

世の中には物を大事にして長期保管される方も多くいらっしゃるようで、ヤフオクやメルカリには状態の良いものも数多く出品されています。

当時の売値は6,000円くらいだったように思いますが、昨今、新品同様までいかずとも普通にプレイできる程度の良い状態のものがヤフオクで3,000円~5,000円くらいで入手可能です。

銘柄や品質を選ぼうとすれば良い出品に出会うまで時間を要します。
3台入手するのに数か月を要しました。


最左の茶色縁が任天堂の「パラシュート」なのですが、当時同じものを誕生日に買ってもらいました。

今でこそ鮮明なカラー画面で複雑なゲームを楽しめる携帯端末は無数にありますが、当時は白黒液晶のこれが最先端。
これを買いにダイエー二階のおもちゃ屋さんに行くときは嬉しくてワクワクでした。

かなりの種類が発売されていましたので友達数人で持ち寄って交換しながらプレイするのが楽しかったものです。

こういうゲームはルールが単純なのでやればやるほど上達するんですよね。
任天堂のゲームウォッチは999点を超えると0点に戻るのですが、そのフェーズになると液晶の表示限界を超えるくらい高速になり非常に高難度かつ見えにくくなります。

初めて999点超えを迎える瞬間はドキドキ物で、まるで世界最高峰の山を登り切るかのような緊張感と達成感を感じたのが思い出されます。

さて、電池を入れてプレイしてみましょう。



達人の域だった当時の腕前には及びませんが、その後数々の高難易度なTVゲームで鍛えられた私ですので40年近くを経た今でもまあまあの腕前。
でも5分もやると飽きますが。。

4歳児の子供にやらせてみたところ、30分くらいは楽しんでいました。

動くものに反応する狩猟本能に基づくものなのか、こんな単純なものでも子供にはそれなりに楽しいのですよね。
私にとってレトロなものは、もしかしたら子供にとっては初めて見る新鮮なものなのかもしれません。

2017年7月8日土曜日

スライムという懐かしいアイテム


大分前の話になりますがヤフオクでツクダオリジナルの「スライム」と「ワームマン」を落札しました。
どちらも新品未開封ということで結構なお値段でしたが、思い切ってお買い上げです。



こいつらが流行っていたのは1981年頃と思います。

スライムは緑のネバネバした物体で、ワームマンはやはり緑色のゴムっぽいヘビ型のおもちゃです。

イラストやパッケージのデザインなどから何となくそんな感じはしていたのですが、こいつらは元々米国で開発されたおもちゃなんですね。

写真左に写っている星型のケースは、トミー製の「ミーバ」というスライム状のおもちゃが入っていたものです。スライムよりも粘性が強くプルンプルンした肌触りだったような気がします。
夜光物質が練りこんであるんですね。暗い所ではぼんやりと光るんです。

今でこそスライムという言葉はよく聞きますが当時としては結構新鮮で、テレビのCMから受ける印象はまるで粘菌のような不思議な生き物でした。
ワームマンは窓ガラスなどに投げるとくっついて、その後生きているかのようにしばらく動くんですよね。

そう、こいつらの魅力の根源は「不思議な生き物感」だったのです。

昔は今ほど科学的な考え方やロジカルシンキング等は普及しておらず、世の中には迷信や説明がつかない現象がごろご落ちていました。

たとえば、川口浩探検隊は本物の大冒険を繰り広げていると疑いの余地なく信じていたし、タイガージェットシンは正義のレスラーや観客をサーベルでぶっ刺す極めて恐ろしい存在だと信じていました。(ぶっ刺された人はなぜ死なないんだろう、とは少し思っていました。)

小学生向けの百科シリーズなどには七不思議やオカルト的なネタが溢れておりましたので、スライムが生き物のように動いて自分でバケツから出てくると聞けば、「有り得る」と思えてしまう時代背景があったのです。

まあ買ってみれば想像と違って全く大したものでは無いことが分かりすぐに飽きてしまったんですけどね。
とにかく当時は不思議な物としてのマーケティングが成功して結構流行っていたのです。

自分は母にねだりスーパーで買ってもらいました。

どのスーパーかというと今はコモディイイダがある場所にあったスーパーです。
幼い頃だったのでスーパーの名前は憶えていなかったのですが、ウィキペディアの「新松戸」の説明によればマツモトキヨシの新松戸中央店だったんですね。


下記、1980年のマツモトキヨシ新松戸中央店の写真です。

しんまつどドットコム様ご提供

話をスライムに戻しますと、当時購入した品は早々に捨ててしまい今はありません。
遊んでいると埃などを吸いつけてしまい汚れてドス黒くなってしまうんですよね。

中身をお見せしたいところですが今回購入した品は新品につき開けられないので、ネットで見つけた画像を貼り付けます。

出典 sa2hara.com

ワームマンの方はyoutubeに動画がありました。



動画に出てくるワームマンは全く壁にくっつきませんでしたよね。
ワームマンが劣化しているせいもあるのでしょうが、私が購入した当時も流石にあんなざらざらした壁ではなくて、窓ガラスなどツルツルの板に投げつけて遊んでいたように思います。

あと、本来の色はパッケージと同じような蛍光っぽい緑だったはずですが、動画ではうす黄色に変色していましたね。

当時は劣化したワームマンはスライムに漬けると復活するなどと言われていましたが、ここまで劣化するとどうなんでしょうかね。。

ところで、最近ではスライムのぱちもんが100円ショップなどで売っていますよね。
4歳の子供に買い与えたら面白がって2時間もの長時間遊んでました。
すっかりオジサンになってしまった自分には分かりませんが子供にとっては未だに魅力るおもちゃなのかもしれません。

とにかく懐かしいおもちゃです。





2017年6月4日日曜日

ガチャガチャドラえもんという懐かしいアイテム


ヤフオクで復刻版の超合金ガチャガチャドラえもんを購入しました。


このおもちゃのオリジナルの方は1979年発売ということで38年も前になります。
ヤフオクでオリジナルの方もしばしば出品されているのですが、汚れが目立ったり付属のカプセルが無かったりなど状態が悪いものが多いんですね。
それで復刻版にしました。

オリジナルの販売当時に自分は小学校1年生で、ドラえもんは凄まじい人気。
テレビでは月曜~金曜18:50-19:00、金曜はその後にもう1枠19:00-19:30、日曜10:00-10:30と週7枠もの放映があったくらいです。
うちは両親共働きでしたので、母が帰宅後に夕食を準備するため世間一般より夕食の時間が遅く、平日の10分間枠を視ながら夕食を待つ日々でした。

こちら、Youtubeに転がっていた日曜日のエンディングです。↓
こちら、平日10分枠のオープニング↓
こちら、金曜日のオープニング↓

さて、ガチャガチャドラえもんのオモチャに戻りますが、
大人気の四次元ポケットから素敵な道具を際限なく取り出すドラえもんと、ギャンブル性が子供を中毒にさせるガチャガチャがコラボしたこの製品、実によく練られた企画ですよね。

当時流行っていましたので多くの友達の家にありまして、自分も欲しくてほしくてしょうがなかったのですが、ついに買って貰うことができませんでした。
人気がありすぎて手に入らなかったのか両親がケチだったのかは今になっては分かりません。
たぶん後者かな?

さて今回購入した復刻版ですが、うちに届いたとたんに4歳児の息子に発見され、気づいたときには開封されておりました。


小さなガチャガチャのカプセルを後頭部の投入口から入れ、しっぽを引っ張って離すとポケットからカプセルが勢いよくポコンっと出てきます。

よくできたおもちゃというのは世代を超越した面白さがあるのですね。うちの4歳児はしばらくの間夢中になって遊んでいました。

まあ新品ですので壊れてしまうことは無いと思いますが放置すればカプセルなど付属品が無くなるのは時間の問題であります。

スキをみて子供の手が届かないところに隠して大事に保管しようと思います。

2017年3月5日日曜日

てんとう虫型レコードプレーヤーという懐かしいアイテム


70's~80'sはレコードの時代でした。
巷にはレコードショップやレコードレンタル店が結構あり、新松戸にも何店かありました。

今回は、そんな時代に活躍したてんとう虫型レコードプレーヤーのご紹介です。

このマシーンは日本コロムビア製のSE-8という機体なのですが、とにかく当時は広く普及した製品でした。

保育園の教室にはありましたし、お友達で持っている子も多かったやに思います。

それだけ普及していたためと思われますが30年以上が経過した現在でも使用できる状態の機体がヤフオクなどに数多く出品されておりまして、今回そんな一台を入手することに成功しました。

SE-8はかなりのロングセラー商品でもあったかと思いますが、今回手に入れたのは1979年製ということで比較的新しくきれいな機体です。


レコードを聴くのは何十年ぶりでしょうか。扱い方を完全に忘れており最初はおっかなびっくりの操作となりましたが、やってみると意外と良い音が出たので嬉しくなりました。

スピーカーやアンプが小さいので携帯ラジオのようなチャチな音ではあるのですが、それがまさに期待通り。
心地よい昭和な響きを奏で、この上ない良い味を出しています。

再生するレコードの方はといえば、これまたヤフオク等でかなりお安く買えます。
もはやレコードプレーヤーを持っている人など少数ですので、需給バランスが崩れており投げ売り状態なんですね。

で、大人買いしてみたのが以下の品々。

まずはピンクレディーのUFO。
これは説明が要らないくらい定番ですよね。
当時はどこに行っても、いつもこの曲が流れていました。


それから、これも定番の「およげ!たいやきくん」
ひらけ!ポンキッキ発の曲だったんですね。

自分もたいやきくんが大大大好きで、色々なグッズを持っていたものですが、中でも大事にしていたのがたいやきくんケシゴムでした。
ある時お風呂にいれて遊ぼうとしたところ、誤ってバスタブの裏側に落としてしまいロスト。そのまま海に逃げ込まれてしまったのです。
悲しかった。。


お次は鉄腕アトム。
「アストロボーイ、アストロボーイ、マイティーアトムー」という歌詞でおなじみの「未来に向って」が大好きでした。
1982年くらいですかね、リメイク&再放送が何回もされているうちの1つと思いますが、夕方に放映されていたのを観るのが楽しかったです。


次はデンジマン。
当時の男の子たちの胸を熱くした戦隊ものの走りですね。

あまりにキャッチ―なリズムの主題歌は一旦耳に入ってしまうと数日間は頭の中で反復再生されることとなります。
きわめて中毒性&依存性の強い曲です。


幼いころに聞いていた曲って、なんとも言えず心に響くんですよね。
うまいコーヒーを飲みながら聞くと至福のひと時が味わえます。

これだけ楽しめて、しかも安いってのがいいですよね。
レコードは絶対おススメです。

こんどはドラえもんでも買おうかな。ほんわかぱっぱ、ほんわかぱっぱ、のやつ久しぶりに聞きたいです。。

2017年2月8日水曜日

マックボールという懐かしいアイテム


マックボールってご存知でしょうか?

80年代前半に一時期けん玉が流行ったのですが、その流れに乗ってマクドナルドが販売していたポップな感じのプラスチック製のけん玉です。


当時は大変な人気で店頭でもなかなか手に入らないくらいでした。

CMもオンエアされておりまして、ナウいメリケンボーイズが同時にフリケンをキメるような映像だったかと記憶していますが、それも良かったのでしょうね。
いとも簡単に大技をキメるので、何か凄い仕掛けがあって誰でも簡単に高難度の技が繰り出せるかのような誤解を与えていたと思います。

→youtubeに当時のCMが転がっていました。。
マクドナルドCM集 ① 1980年代  McDonald's(japan)CM... 投稿者

小学生低学年の自分はこのポップなけん玉が欲しくてほしくてしょうがなかったのですが、なかなか店頭で見かける幸運に恵まれませんでした。

そして電話で在庫が確認できたあの日、両親に内緒で一人松戸のマクドナルドまで買いに行ったのでした。
新松戸から松戸だと3駅しかないのですが初めて一人で電車に乗った当時の自分としては結構な冒険だったと思います。
両親にばれたら怒られるのが分かっていますしね、罪悪感も相まってドキドキでした。

で、入手したものが冒頭の写真です。
入手した時は昇天しそうなくらい嬉しかったものです。

でもこれ、ことのほかボールがツルツルしていて灯台ができないですし、ケンと皿の重さのバランスが悪いんですよね。

かっこいいけど使いづらかったです。

さらには耐久性に難があり、いっぱい使っていると皿の部分が割れてくるんです。。
その後、店頭で見つけては買っていたので通算3つくらいはあったと思いますが、割れずに残っているのは1つだけ。

そんなマックボール、今オークションで買うと5000円くらいになるようです。

ちょっとしたお宝ですよね。
とっといてよかった。。


後日、実家に帰って屋根裏部屋を探索したところ、日本けん玉協会認定1級の証書が出てきました。
1級というのは、高難度の「灯台」という技を完璧に決める必要がありますので、さすがにマックボールを入手した小学校低学年の当時ではなく、少し時代が下った小学校高学年の時のものになります。


日本けん玉協会初代会長の藤原一生さんの認定ですので、保持していることがとても誇らしい一品になります。(中野サンプラザの認定会場で著書にサインを頂いたりもしました。)

ところで、Wikipediaによりますと、藤原一生さんは児童文学の作家が本職でいらっしゃったのですね。
今日まで知りませんでした。
映画「南極物語」の元となった「タロ・ジロは生きていた」を著作されたということで、今更ながら新たな発見に驚きました。

認定証は末永く大切にしようと思います。


=====2023年12月更新=====
最初にこの記事を書いてから5年以上の歳月が経ってしまいましたが、細々と収集していたマックボールを全色コンプリートすることができました。



最初の2~3色くらいはペース良く進んだのですが、後になるほど欲しい色がオークション等に出てくる確率が低くなり入手に多くの時間を要するようになってくるんですよね。

持ってない色だ!っと思って購入してみたら、複数色のマックボールから部品取りした「フランケン品」だったことも。良く調べてから買わないと引っ掛かります。

この度、一番左の紫&エメラルドグリーンの品を入手してやっとコンプリートの運びとなりました。

長い期間を要したので喜びもひとしお、ヤフオクやメルカリをモニタしなくてよくなったので、肩の荷が降りたような解放感もあります。

やはり全部並べてみると壮観ですよね。
大切に飾って保管したいと思います。