昔の写真をぼんやり眺めていたところ、凄いことに気付きました。
バラバラに適当なアングルで撮影されていたと思っていた5枚の写真が実は連続したもので、繋げればパノラマ写真になっていることが分かったのです。
1985年に新松戸コーポ7階から撮影新松戸のパノラマ写真です。
70's後半~80'前半の新松戸を懐かしむブログです。
<新松戸の古い写真をお貸しください。>連絡先:smatsudo70@gmail.com
写真の数や映っている内容によって相応の謝礼をさせていただきます。(最大3万円くらいまで)
昔の写真をぼんやり眺めていたところ、凄いことに気付きました。
バラバラに適当なアングルで撮影されていたと思っていた5枚の写真が実は連続したもので、繋げればパノラマ写真になっていることが分かったのです。
1985年に新松戸コーポ7階から撮影新松戸のパノラマ写真です。
E.T.という映画が日本で公開されたのは、映画.comによると1982年12月4日。
当時はとんでもない人気で興収最高記録を塗り替え、以降長らくそのタイトルを維持しました。
小学校2年生だった自分は、年が明けた1983年のお正月に両親と共に茨城県日立市にあった母の実家に帰省した際に映画館で観ました。
映画の冒頭部は夜の暗い中でE.T.と遭遇するスリリングなシーンが怖かった印象ですが、主人公の男の子とE.T.が友情を育んでやがて別れを迎える物語に、幼かった私は痛く感動しまして、両親に頼んでもう一回見に行ったほどでした。
50年近く生きてきた中で、2回映画館に足を運んだのはE.T.だけだったと思います。
そんな社会現象だったと言ってもよいくらいだったE.T.の人気が下火になり始めた1983年頃、マイルドニッカウヰスキーのCMに登場したのがマイルドロボのアポジ―とペリジーです。
あの頃の人であればすぐにピンときたはずですが、アポジ―とペリジーまさにメカE.T.と呼んでも差し支えないくらいフォルムがE.T.と似ているのですね。
そして、ロボットだからといって宇宙にいなきゃいけない必然性などないはずですが、CMでは当たり前のように宇宙が背景になっておりましたので、きっとE.T.を意識していたのでしょう。
今でこそ昭和レトロな味わいのあるルックスに見えてしまうかもしれませんが、当時はスタイリッシュな最先端デザインのロボット。
BGMの松任谷由実「不思議な体験」も凄く未来感があってロボットが宇宙にいる映像とこれ以上無いくらいにマッチしているのですね。
「不思議な体験」は知る人ぞ知る埋もれた名曲と思います。
最近、懐かしくなってマイルドニッカのCMについて調べたところ、このロボットのオモチャがあったことが判明し、ヤフオクで入手しました。
このおもちゃ、結構優れものでして、本体の下面に光センサーを備えております。
そして、そのセンサ―で境界を識別しながら経路をはみ出すことなく移動してくれるのです。
ガーガーとうるさい駆動音がします。
Youtubeを探したところ、当時のCMがありました。
このCMで視るマイルドニッカはまさに未来宇宙のエナジードリンク。
透き通った飴色のルックスは美しく、子供心に憧れの飲み物で、両親におねだりしたのですが「何言ってんだ」くらいに一蹴されてしまい、そのまま無念な気持ちを封印、40年の歳月が経過してしまったのです。
そしてこの度、ついにマイルドニッカをヤフオクで入手しました!
せっかくなので、販促品のストレート用グラスとオンザロック用グラス(ONNA ROCK)も合わせて入手。
前回松戸市消防出初式の記事を投稿し、長らく鳶の方々を消防署の人と誤認していたことをお伝えしておりましたが、私が消防関連の方と勘違いしていた人物がもう一名おります。
私と同世代の人なら覚えているはず、日本船舶振興会のCMに出演していたおじいちゃん、笹川良一氏です。
YoutubeにCMの動画がありましたのでご覧ください。
1980年1月のこと、5歳だった私は母に連れられて消防の出初式を見物に行きました。
場所はといえば、現イオンフードスタイル新松戸店(旧ダイエー)がある敷地でして、翌年の1981年にはダイエーがオープンすることになるのですが、この時はまだ空き地だったんです。
幼い私にとっては見上げる程高い梯子の上で「消防士さん」が披露する、キレッキレの技が衝撃的で、忘れられないシーンとして脳裏に刻まれているのでした。
ところが、その後お目にかかる機会もなく、写真も残っておらず母も既に他界しておりますので、実際に行われたかどうかもおぼつかない幻のような思い出になってしまっていたのでした。
先日、松戸市広報課が長年にわたって「広報まつど」用に撮影した貴重な写真が、松戸市立博物館に収蔵されていることが分かりまして、有難くも閲覧させていただく機会を頂きました。
その中に、なんと当時の消防の出初式の写真を発見いたしまして、私の幻のような記憶が真実であったことが確認できたのです!
写真を見つけた時は「オーーー!!!」と思わず歓声を上げてしまいました。
何とも凄い写真です。
写真の周辺部から見ていきますと、背景に「新松戸ファミールハイツ」が見え、左隅の比較的近いところに「三菱銀行」(現三菱UFJ銀行新松戸支店)が見えますので、この場所がどのあたりなのか理解するのに役立ちます。
遠くて識別できませんが観衆の中には、きっと幼い私と母もいるのだと思います。
そして写真の核心部分となる、梯子乗りをしている方々をよく見ると「松若」と書かれた法被を着ており、写真右側の人は同じく「松若」と書かれた立看のようなものを持っています。→立看のようなものは「纏(まとい)」というものだそうです。
また、はしごを抑えるために使用している棒のような道具は「鳶口」というもので、Wikipediaによりますと、下記のような説明があります。
さらに、「松若」とは何ぞや?とネットで調べてみましたところ、「松戸若鳶会」であるということが分かりました。
2022年に松戸若鳶会では50周年記念式典が行われたとのことで、その時の写真が掲載されているサイトが見つかりました。
ありました!1980年の写真に写っている纏と同じに見えます!
そう、梯子乗りをされていた方々は消防署の消防士さん達ではなく、地域の消防を草の根的に支えていらっしゃる鳶職の方々だったのですね。
幼い頃にはそんなことは理解できませんでしたので、消防の出初式で凄いものを見れば「消防士さんスゲぇー!」となってしまいましたし、ボーっと何も考えずに生きてしまえば、そのままアラフィフになるまで「消防士さんスゲぇー!」と思い続けてしまうわけです。
この記事を書くまで、消防士さん達は火事が無いときには梯子乗りの練習をしているんだと本気で思っておりました。。
長いこと鳶職の方々に大変申し訳ない勘違いをしていたなと思います。
改めまして鳶職すごい!と心から思います。
今回、写真の発見によって色々なことが分かり、そして私の幼心に幻として封印されていた謎をまた一つ退治することができました。感無量です!
是非また松若の梯子乗りを生で見てみたいものです。これからは毎年松戸市消防の出初式をチェックせねばなりません。。
ところで最近、新松戸在住の私の親世代の方と知り合いになる機会がありましたので、件の出初式の話を切り出しましたところ、あの場所が空き地だった頃は各種イベントでよく使われていた、という話を伺うことができました。
木下大サーカスが公演したこともあったそうです。像を3頭も連れてきてたのだとか!
うちの両親は情報に疎いタイプですので、きっとチケットが取れなかったのでしょうね。
今更ながら大変残念です。。
殆どの日本人がガチャを回しながら育ったと言っても過言ではないと思います。
私も4歳くらいのときには、毎週金曜日に母から貰うお小遣いを握りしめて、当時新松戸コーポの駐車場内にあった中山酒店でガチャを回していたのを記憶しております。
目当ての景品は、主にウルトラマンの消しゴムや昭和レトロなキーホルダーなどでした。
あっという間に四十数年の年月が流れアラフィフになった私ですが、今は昭和50年代くらいのおもちゃを集めるのが趣味の一つになっております。
特に昭和レトロな小物類は安いこともあり、ついつい買い過ぎてしまいまして、 オモチャ棚がいっぱいになってしまいました。
小さめのキーホルダーやスーパーカー・ウルトラマン・ガンダム・キン肉マンの消しゴムなど、下の写真以外にもかなりの数があります。
新しいディスプレイ棚が欲しくなったのですが、どうせなら棚自体にも昭和レトロ感を出したいところですので、何がベストか考えて思いついたアイディアが「ガチャガチャマシーンを使う」というものでした。
元々ガチャの景品だったような品も多いので、ガチャガチャマシーンに入れるのであれば、こいつらにとっては里帰りのようなものかもしれません。
単にディスプレイするだけにとどまらない楽しさがあって、結構ナイスなアイディアじゃないですか!?
私が幼少の頃を過ごした40年前のあの時代に、どんなガチャガチャマシーンを使っていたか、正確には覚えていません。早速、ガチャコップ2台と台座のセットをヤフオクで買って改造しました。
今回入手したガチャコップですが、長年屋外で風雨にされされていたらしく、かなりボロボロでした。
今回は70~80年代の新松戸という趣旨からは少し外れてしまうのですが、以前飛び込みでお邪魔した老舗様からお借りした昭和30年代初頭の流山の写真をご紹介します。
自分が産まれるずっと前ですので、自ら語れることはほとんど無いのですが、貴重な資料と思いますので何か思い出やご存知のことがある方はコメント頂けますと幸いでございます。
撮影された方は既に他界されているとのことでしたが、写真の裏側には撮影した機材や日付、場所が記載されているものもあり、また展覧会で受賞したと思われるような記載もありますので、かなり本格的に写真を撮られていた方のようです。
1枚目は「東邦酒類株式会社 撮影日33.12 題名 運搬 佳作」と記載のあった作品です。
昭和33年といえば1958年のこと。Wikipediaによりますと、この年の出来事としては「東京タワー完工式」、「巨人・長嶋茂雄選手、4打席4三振デビュー」などが挙げられるようです。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の中で東京タワーが完成しますので、ちょうどこの頃を扱った映画として当時の時代背景を想像するために助けになるかもしれません。
東邦酒類株式会社については流山市のホームページにかなり詳細な説明が記載されておます。一時は日本の5大酒造メーカーに名を連ねるほど大きな会社だったようですが、残念ながら経営悪化により昭和39年(1964年)に破綻し翌年1965年に現メルシャンに吸収合併されたことがWikipediaからわかります。
写真に写っているお酒の銘柄を読み取りたくて目を凝らしたのですが判読できませんでした。「東菊」というのが代表的な銘柄だったようですのが他にも銘柄があった可能性がありますので、判読できる方がおられたらコメントいただきたいです。
2枚目は「33.12.7 初冬於鰭ヶ崎」と記載のあった写真です。
少年の傍ら、一番手前に置いてある漫画には「まぼろし」という文字が見え、また眼鏡をかけた人物の右半身が描かれていることがわかます。また、少年のすぐ脇に積んである最上段の漫画も「さるとび佐助」という文字が読み取れ、その下に三角形のような絵が見えます。
そんな手掛かりを元ににネット上を調べたところ、両方とも具体的なタイトルが特定でき、なおかつオークションで入手することができました。
ウルトラマシンというおもちゃをご存知でしょうか。
1968年発売の任天堂製のおもちゃですが、きっとロングセラーなのでしょう。70年代中盤うまれの私もなじみのあるおもちゃです。
このおもちゃ、自分も買って貰って持っていたようなのですが、タイミングが早過ぎて私が適合年齢に達していなかったのでしょう。
全くもってこのおもちゃで遊んだ記憶がありません。
物心ついたときには、既に壊れた残骸のような状態でおもちゃ箱に入っていたのでした。
本体の残骸は間もなく捨てられてしまったのだと思いますが、卓球のボールをフニャフニャにしたような付属のボールと華奢なバットは、本体がなくなった後も、ずっとおもちゃ箱の中に残っていたのを覚えています。
今回ヤフオクで「動作未確認品」を格安でみつけまして、もしかしたら動作するかもという淡い期待を込めて購入したのですが、例のごとく壊れていて動作しませんでした。
テスターで調べてみますと、配線は問題なさそう。。
ということはモーターが壊れているのでしょう。
やむなく、分解して修理することに。。
外枠を外すのは手でネジを回すだけで結構簡単でした。
モーターは金属のシャーシに収められていまして、蓋を開ける必要があるのですが爪でがっちり留めてありまして、開けるためには爪を起こす必要があります。
マイナスの精密ドライバーを差し込むのが良いと思います。